北海道米のこと

私たち一般の道産子が「北海道のお米」を意識して食べ始めたのはいつ頃からだったでしょう。昭和41年生まれの自分の記憶では子供の頃はお米の産地をそれほど意識して食べることはなかったように思うし、小学校の社会科でも北海道の農業は酪農、じゃがいも、玉ねぎなどの畑作は国内シェアの上位を誇り、北海道の主要な産業だと教わったように記憶しているが、米作についての印象は薄かったように思います。

ところが、調べてみると古くは明治初期から「白米が食べたい」という入植者たちの強い願いから、冷涼な気候、時にはひどい冷害と戦いながら続けられた北海道の米作りは、品種改良や生産技術の進歩もあって、昭和36年(1961年)には新潟県を抜いて、初の全国一の収穫量を記録。
ただ、その翌年を境に米の需要は減少に向かい、昭和45年(1970年)に政府は「生産調整」による減産政策を実施、北海道米の作付面積は、昭和48年(1973年)にはピーク時の1/2程度まで落ち込む事になります。

もともと、お米は食糧管理法の元、生産されたお米すべてを政府が買い取り、現在のように自由に流通することはありませんでしたが、昭和44年(1969年)には、全国的な豊作と米の需要の減少から一部優良なお米は直接、米の指定卸売業者に販売できる自主流通米制度がスタート。しかしながら、「ヤッカイドウ米」などと揶揄され、決して品質が高くはなかった北海道米は青森のお米とともに、自主流通米の指定から除外されてしまったことも、北海道米の減産に拍車をかけました。

そこから官民一体となった「優良米」づくりの取組みがスタート、おいしい北海道米をめざした品種改良の取組みが本格化します。その結果、昭和63年(1988年)には「きらら397」が誕生、続いて「ほしのゆめ」「ななつぼし」など現在の北海道米の主流をなす優良ブランド米の誕生につながってゆくのです。

その後も地域によって土壌状態や気象条件が異なる広い北海道で、品質の均一化を図り、食味のバラツキを抑える取組みなど、厳しい環境の北海道独自の取組みが、府県産米に負けない北海道米生産へのつながって行きます。そして今、「北海道米の新たなブランド形成協議会」を通じた厳しい品質管理の下、満を持して「ゆめぴりか」が全国デビュー。いよいよ北海道米の新時代が始まったのです。

20年前、北海道内でさえ、たった4割の人たちがたべているに過ぎなかった北海道米も、官民一体となった努力の結果、今や、8割以上の道民に愛される自慢のお米になりました。そんな道産子自慢のお米をもっともっとたくさんの全国の皆さまに味わっていただきたい!そんな思いをこめて「なんもなんも」では、さらなる北海道米の魅力を発信してまいります。

もっと北海道米を知りたい人はこちらからどうぞ。

北海道のお米 http://www.hokkaido-kome.gr.jp/


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